お店の商品を手に持ち、レジを通らずそのまま店外へ―—。私は生まれて初めて、お金を払わず、店の商品を持ちだしました。外に出た瞬間に捕まるのではないかとビクビクしながら……。
夕方のニュース番組で流れる「万引きGメン」の密着映像でしょうか。いいえ、違います。この記事を書いている私が実際に行ったことです。へへへ。
おふざけはこのくらいにして、本題に入ります。今回訪れたのは、Amazon Freshというスーパーマーケット。イギリスはロンドンを旅行中にたまたま見つけたので入ってみました。サッカーで有名なウェンブリースタジアムの近くにある店舗です。
なんとこのスーパーには、レジがありません。客は入店時に、Amazonのアプリをスキャンするか、クレジットカードをタッチします。Amazonのアカウントを持っていなくても、クレジットカードを持っていれば入店できます。商品を選んだ後は、そのまま外に出れば良いだけ。お店側は、お店のあちこちに設置されたカメラと映像認識技術によって、客が何を買ったのかわかるそうです。これでは「万引き」もできませんね……。
私はクレジットカードをタッチして店内に入り、フライドチキンの入ったボリューム満点のサンドウィッチを1つ持って、本当にこのまま出ていいのかをスマホで確認してから、ドキドキしながら外に出ました。誰かが追いかけてくることもなく、「合法的万引き」という冒険は成功したかのように見えました。
ところが、その日のうちにクレジットカードのアプリで明細をみたところ、£20(日本円で約4000円)が請求されていることがわかりました。サンドウィッチは£3.4(日本円で約680円)だったはず。もしや、「どれにしようかな」といろんなサンドウィッチを手に取っては戻したせいか? 手に取ったサンドウィッチすべてを俺が持ち帰ったことになってるのか?
ネットで調べてみたら、同じように「£20が請求された!詐欺だ!」と言っているインド人の口コミがありました。あとでカード会社に連絡してみよう、返金されなかったとしても3000円強の損害で済んでよかった―—。私はそう自分に言い聞かせました。
そしたらなんと、翌々日には、£20の請求が£3.4の請求に変更されていました。カード会社にはまだ連絡していません。もしや、£20はデポジットだったのでは……。そう思って、最初の請求の画面に載っていた決済日時を見てみると、それは、退店後すぐに撮影したお店の写真の撮影時刻よりも、数分早いものでした。つまり、最初の£20の請求は、何を買うかが確定する退店時ではなく、入店時に処理されたものだということです。やはり、最初の請求は、客の支払能力を確かめるためのデポジットだったようです。
イギリスの刑法について全く知らないので、レジ無しスーパーが日本にあった場合を想定して考察してみます。
日本では、万引き行為には窃盗罪(刑法235条)が成立します。
(窃盗) 第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
「窃取」とは、他人が占有する財物を、占有者の意思に反して、自己又は第三者の占有に移転させることをいいます(山口厚『刑法[第4版]』294頁)。したがって、占有者の意思に基づいて占有が移転した場合、窃盗罪は成立しません。
商品をレジを通さずに持ちだすことは、占有の移転ではありますが、レジ無しスーパーの場合、この占有移転は、「占有者の意思に反する」ものではありません。したがって、右行為は窃盗罪の構成要件に該当しないものと考えられます。
では、レジ無しスーパーにおいて、道端で拾った他人のカードをかざして入店し、持ちだした商品の代金支払いをちょろまかそうとした場合はどうでしょうか。商品の占有の移転は、占有者であるお店側の意思に反するものでしょうか。
この点について、確かに、お店側は、当該行為者がお金をちょろまかそうとしているとわかっていれば商品の持ちだしを許していないはずですから、「占有者の意思に反する」のではないかと思われるかもしれません。しかし、典型的な詐欺の場面でも、被害者は、本当のことがわかっていればお金を支払っていなかったと言えるにもかかわらず、「占有者の(瑕疵ある)意思に基づいてお金が交付された」と評価されていますから、本当のことをわかっていたら占有移転を許していなかったという理由で、占有移転が占有者の意思に反すると解することはできないでしょう。
むしろ、上記事例の場合、お店側は、当該行為者が商品を店外に持ちだすことを許していますから、占有者の瑕疵ある意思に基づいて占有が移転したと評価するのが相当だと思われます。これに対し、典型的な万引き行為や、セルフレジで一部の商品のバーコードを読み取らずに持ち帰る行為については、店側は、当該商品の占有が行為者に移転することを認識していないことから、占有者の意思に反する占有移転と解されるのでしょう。
したがって、上記の場面では、窃盗罪ではなく、詐欺罪などが問題になることになります。
しかし、日本刑法において詐欺罪が成立するためには、人を欺いて錯誤を生じさせ、その錯誤に基づいて財物・財産上の利益を交付させることが必要です。つまり、機械が相手の場合、詐欺罪は成立しません。例えば、盗んだキャッシュカード等を用いて有人の銀行窓口で現金を引き出す行為は詐欺罪になりますが、ATMで現金を引き出す行為には詐欺罪は成立せず、窃盗罪が成立します。そうすると、レジ無しスーパーの上記事例においては、機械を相手に他人のカードを提示して入店しており、人を相手にしていませんから、詐欺罪は成立しないものと解されるでしょう。
では、上記行為は犯罪ではないかというとおそらくそうではなくて、機械を相手にした詐欺罪ともいうべき、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)が成立しうると思われます。すなわち、当該クレジットカードの使用権限がないのに、当該カードを入口でかざすことで、お店側が事務処理に使用するサーバーコンピューターに対し、当該カードで代金を支払う旨の「虚偽の情報を与え」、当該カードで代金を支払う旨の「不実の電磁的記録を作成」し、これによって代金の支払いを免れ、もって「財産上不法の利益を得」たということです。
このほか、偽計業務妨害罪(刑法233条)や、建造物侵入罪(刑法130条)も成立しうるように思われます。
ただ、執筆者は、刑法の専門家ではありませんし、上記事例はただの思考実験に過ぎないものですから、上記は一個人の意見として受け取っていただきますようお願いいたします!